■免疫力低下の抗ガン剤はなぜ[敗血症]になりやすいか
私たちの体は初期生体防御と免疫系の働きによって外敵、 異物から守られているわけですが、 侵入してくる外敵、異物の種類や量、 侵入ルートによって、 各防御因子の働き方は違ってきます。
たとえば、 好中球は【肺炎菌】や【緑膿菌】を防いでくれますが、 結核菌やカリニ肺炎から私たちを守ることはできません。
このように状況によって各防御因子の持つ比重が異なることから、 どの病原体(ウイルス、菌など)に対し、 どの防御因子がもっとも効果的なのか、 それがわかれば、 生体防御はより効率的に行えるようになります。
この考え方を私は「生体防御の比重論」と名付けて、 以前から提唱していましたが、 免疫系の働きは非常に複雑なので「そこまで考える必要はないのではないか」という理由から、 なかなか受け入れてもらえないでいました。
ところがエイズの流行から、 思いがけずに、 「比重論」がクローズアップされることになったのです。
エイズも末期になると、 生体防御力が極端に低下します。
そうなると【肺炎菌】や【緑膿菌】などによる[敗血症](細菌が繰り返して”血管”に入る重篤な全身感染)の危険が生じて当然なのです。
ガンでも抗ガン剤を多用し免疫力を大きく低下させると[敗血症]にかかりやすい。
ところがエイズの末期では、 どんなに免疫力が低下しても、 [敗血症]にかかることがない。
この理由は長い間、 謎とされてきました。
それが比重論で簡単に解けたのです。
[敗血症]を生じさせる【肺炎菌】や【緑膿菌】などの防御には好中球の占める比重が大きい。
ところが抗ガン剤を多用すると、 骨髄の機能が破壊されて好中球が減少するため[敗血症]にかかりやすくなる。
ガン患者が[敗血症]にかかるのはこういった理由によるものです。
だがエイズの場合はどうかというと、 T細胞にとりつくだけで骨髄の機能そのものは破壊しません。
だから好中球はどんどん作られるので、 [敗血症]にはかかりにくいのです。
ただし、 エイズの末期にはT細胞とマクロファージが活躍して防ぐ結核菌に対する感染防御力は著しく低下します。
抗ガン剤
↓
骨髄の造血機能を破壊
↓
・【肺炎菌】 ・【緑膿菌】に感染しやすい
↓
肺炎や肝炎だけでなく[敗血症]になりやすい
↓
死
(・『生体防御力』(2003年) 野本 亀久雄 (九州大学名誉教授) 著 ダイヤモンド社 より〜 引用 )

【著者紹介】 野本 亀久雄
昭和11年、愛媛県松山市生まれ。
昭和36年九州大学医学部医学科卒。
48年同大学助教授。 元生体防御医学研究所所長。
平成7年日本移植学会理事長に就任。